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with others with us with time

2021
installation for small solo exhibition in Haitsu Nishiogikubo
which is just started as independent viewing room for art by Kotaro Hosono.
this exhibition is configured by branches left behind of  the city , some ceramic flowerpots , rug. these pieces were created by myself in a very craft way.
the flowerpots and rug contains a metaphor of the city as a major component. 
rug emerged as a personal thought map spun by my personal urban experience. viewers are free to cross over the rug as the city and live their lives.
flowerpots intervene in the system of flowerpots themselves. extend various forms of various urban architectures to the upper part of pots , and visualize the exquisite communication between plants and humans as a city. the plants in the flowerpots are picked up from the streets of the city.

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2021年7月22日から8月7日の3週間に渡って、それぞれ木金土の3日間ずつ、計9日間という会期となった今回の展示[with others with us with time]は、ANAGRAというイベントやアーティストの展示を行うスペースを2013年に立ち上げ最初の3年の舵をとった細野晃太朗氏が、今年の5月に西荻窪の元ドヤの1K、おそらく28平米ほどのスペースをセルフリノベーションして新しく始めたHAITSU Nishiogikubo(住所非公開のため詳しくは是非足を運んで見てほしい。)での2回目の展示として開催された。

このスペースは、細野氏が立ち飲み屋、ANAGRA、大工、作品売買とレンタルのスタートアップ企業、そしてそのギャラリストという遍歴を歩む上で感じてきた、様々なことに対する現時点での解答となるスペースであり、既存の美術鑑賞形態や、アートとギャラリーを取り巻くあらゆる制度に対する一つのカウンターとも感じ取れる空間となっている。もっと言ってしまうとそうした制度や当たり前を外野においてきた、非常に個人的な談笑スペースをこしらえたともいえる。

 

その態度の表れはまず、このスペースへのアクセス方法と立地にある。

HAITSUの運営の基本として住所非公開、完全予約制であるため、鑑賞者は必ず、ホームページの予約フォームで時間と人数を記載し、予約をしなければならない。これは昨今明のコロナへの配慮ではなく、細野氏のこれまでの経験により意図的に設計された制度である。そして予約を行うと挨拶と住所が記載されたメールが届くのだが、この住所はgoogleマップのエラーによって検索しただけでは、たどり着くことができない。

このメールに続き、google mapで表示される地点からHAITSUまでの詳細な道筋が追送されてくる。簡単に言ってしまうと、作品を鑑賞しに行くまでの動線が美術館やギャラリーに比べて長く、この長さの始まり自体が鑑賞体験の火蓋を切る。

予約日時が来ると、前述のメールを確認して、最寄駅へと向かう。駅から歩いて徒歩5分ほど商店街の脇の道を歩ていくとすぐに住宅街に迷い込む、住宅街に迷い込んだ頃に、追送メールを読み返し到着すると、どうやら目の前にある2階建ての築40年は経過したであろうボロボロ(すいません)の木造建築の2階のどこかがHaitsuなのだということがわかる。1階の2世帯は倉庫と何かしらのアトリエとなっているよう。建物の脇に入ると奥に階段が現れる。少し急な階段を数段登ると、廊下の左右に3つ扉が見える。一番手前の扉の右手にHAITSUと小さく手書きで書かれたここがHAITSUの入り口である。

 

次に、その態度はスペース内においても随所に見て取れる。

扉を開けると1Kトイレ付き、おそらく28平米ほどの和室をセルフリノベーションされた空間が広がっている。Kの前室にあたるスペースの壁は白系の塗装、床は土間打ちが施されており土足で入ることができる。足を踏み入ると、この小さな空間にはぴったりなサイズの小型のカウンターテーブルと椅子2脚がキッチンに向かって配置されており、キッチンを背にした細野氏が、真夏の太陽に肌を濡らしてようやくたどり着いた鑑賞者への飲み物をカウンターテーブルの上で用意している。壁面には、各展覧会のたびに作家のアートワークを使用して細野氏が少数製作した衣服や、氏のコレクション、作家のアートピースやオブジェがリズムよく並べられている。

靴を脱ぎ、奥の展示空間に入ると押入れ部分が一部、展示ボックスのようになっており、床はコルクタイルが敷かれている、部屋の端には良い味が出たオレンジの椅子が一脚、照明は中白色の40Wほどの電球がついたペンダントライトが一つ、壁面はまた白系統の色で塗装されている。ここで、日本家屋固有の露出した柱材や古いスリガラスとサッシはそのままであることに気づく。

必要最低限に手が加えられたこの空間そのものが、既存の展示空間の設計と明らかに違うことは明確である。

少々大げさかもしれないが、このスペースに千利休が完成させた草庵風茶室のそれを思い起こす。

千利休が完成させた茶室はというと、それまで主流であった書院風茶室のように床の間に唐物(名物)が並んだ4畳ほど豪華な空間であったのに対して、この権威的な価値づけそのものを否定し、庶民の茶人たちが使用していた2畳ほどの小さな茶室を採用したものである。また非常に庶民的な家屋に使用された、土壁、竹、丸太のような素材をそのまま仕上げとして空間を作り上げた。つまりこの茶室には庶民の家屋と生活といったものを土台として茶室という制度の再解釈が行われているのである。そうしたことと、作品を展示する前提であるこのスペースが、ニュートラルなホワイトキューブではなく、ドヤ宿であった日本家屋へとスイッチする軽やかさや、下地としての日本家屋をそのまま利用する構造を選ぶ細野氏の姿勢に何らかの共鳴を感じ取ることができる。

 

そうして、ようやくこのスペースの大切な制度、クセが一連なりとなって現れてくる。

予約というシステムやアクセス、限りなくプライベートに近い形の空間演出、

この一連の作り込みは立ち飲み屋やギャラリーの運営を通して細野氏が、それぞれの長所と長所の接合、既存の礼儀や制度を再設計しようという試みの表れで、制度や社会が合理化図る一方で、ますます脆弱になりつつあるコミュニケーションの場を再構築しているように見える。細野氏が「場所に向かう時に緊張する体験」という一連の通過儀礼的なコミュニケーションをへて、このスペースに到着する鑑賞者はすでに細野氏と展示作家とのグルーヴを共有しはじめている。一時間ごとのコマでの予約であるが、大抵、鑑賞者は作家や細野氏との会話を弾ませるためにそうはならない、そうしている間に次の鑑賞者が扉を叩き、必ずと言って良いほど、鑑賞者と鑑賞者、細野氏、展示作家少なくとも4者のコミュニケーションが発生する。

こうして一時的に同じ目的のために集まった人間たちが立ち上げるグルーヴは、セルフビルドな野外パーティーのあの朝方のようなものと共通して、一方通行になりがちな鑑賞体験と作家の意図、その両者の分離を否定する。その一時は共生や共存の漠然とした言葉を外野へと追いやるように、一つのミニマムな働きかけとして、このスペースに交わる人の経験のポケットにするりと入り込んでゆく。

 

ここからは展示について書き出していくのだが、展示鑑賞において、もう一ついっておかなければならない前置きがある。先に述べたように、風変わりな性質を持つこのスペースでは毎回細野氏から作家へとお題が一つ投げかけられる。例えば、ペインターと写真家のコラボレーションにテーブル型キャンバスという形式を用いたり、アッサンブラージュやイラストを行う作家にはシルクスクリーンというメディア、陶芸家と華道家のコラボレーションであったり、そこにはこの元住環境という特異性に乗じて発生する振りが、このスペースのクセともなって見えてくる。そして今回私は、細野氏が以前から所有していたラグマットを作成するためのタフティングガンなる電動工具を手渡された。そうしてこのいくつもの制度が明示されて初めて、私はこのスペースでの展示を構成していくこととなった。

 

展示室へと入ると、6畳の面積の床中央に、2,5Mx1,8M大の大型のラグマットが敷かれており、かろうじて外周を鑑賞者が歩けるような幅がある。その外周に植木鉢が4つ整然と並び、押入れ部分の展示スペースには、植木鉢2つと懐中電灯、ラグマットの習作とzineを配置している。

地面に敷かれた大型のラグマットは、いくつからの象形文字のような記号がある程度の間隔を開けながら描かれており、その間を縫うように、蔦のようなパターンを張り巡らしている。植木鉢は素焼きしたテラコッタ風の仕上がりで、どれも20cmから25cmほどの高さ、小型の植木鉢である。ここにそれぞれ街で採集してきた雑草が植え込まれている。

 

まず、初めにラグマットについて述べると、このラグマットは近年日本もとい世界のアートシーンでも散見されるようになった技法であるが、特にここ数年日本ではアーティストとラグ制作会社が、コラボレーションまたは受注発注のエディション形式として発表している。発表にあたり、そうして製作されたマットが壁面展示され物の権威化を加速させているとも取れる現在のこの動向に対して私はひどく懐疑的であった。そうした背景を踏まえ、このタフティングガンを手渡された私はいかにこの波乗りを成し遂げるかということと、外注製作されるラグと自作されるラグの決定的で明らかな違いについて向き合うこととなり、私は反射的に大きなラグマットをHAITSUの展示スペースの床に敷くことを軸として構築していくこととした。これは10代中頃から現在に至るまでカウンターカルチャーとされるグラフィティカルチャーやストリートカルチャーのシーンを体験してきたことによる私なりの態度や悪習によるものであることは違いない。アートピースとしてのラグマットというキャラクターが持つその性質から、権威化するアートの鑑賞作法として、鑑賞者がアートピースの上を歩く、いわば踏み絵構造に仕立てることとした。

そうした前提と同期するように、私というフィルター、特異性によって組み上げられた都市の地図として、鑑賞空間のまさに地面に配置することを決定した。地図は通常物理的な距離や地点を表すために一定の縮尺において空間を平面化させたものであるが、ここにも権威的な図式が発生していて、必ず抜け落ちてしまう視点や現象、様がある。そうしたことに対して、私はデニス・ウッドが提唱したカウンターマップ的な手法によって新たな地図を立ち上げることを試みた。こうした心理地図は、まさに中東イランの遊牧民カシュガイ族やルリ族の人々が製作する絨毯、ギャッベに通じるものがある。現在彼らの作る織物は、売り物として多く生産されているが、元々は家庭内でベッドや絨毯として使用されてきた。その図柄には実にさまざまな意味が隠されており、彼らの生活を取り囲む全て、人、動物、植物、テントが、全て暗に願いや意味合いをもちながら彼らの生活を表している。そこで、私はこの様式を再解釈しながらラグマットの図柄を構成することにした。

 

主に青い毛糸で編まれた象形文字のように見える図像は、私が都市探検や都市でのアクティビティの中で記憶に残る体験を視覚言語として、そして都市における建築のメタファーとして配置し、その外周を取り囲むように、張り巡らせられた反復性のあるバーガンディとベージュの有機的な線は、都市における自然、または他者としての役割を担う。これは建築に絡みつく植物の蔦のようでもあり、街を自由自在に蛇行する河川のようにも見える。象形文字のような図像と有機的な線は気まぐれに色彩が入れ替わり、ラグマットの中での、それぞれの役割は解体されていく。そうした線を境に背景色も同時に白系統の4色の糸で編まれていて、こちらは地理的な境界や区分けのようにも解釈ができる、境界は他者の存在に寄りかかった都市での人間のルール作りとも読み取れる。こうした関わりの様や、役割の反転、転覆が行われる画面は、心地よく都市における、私と他者、人と自然との阿吽の共存関係をリズミカルに視覚化している。

 

次に、計6つ配置された植木鉢について、これらは私が友人に紹介していただき小田原にある陶芸工房で友人と一緒に製作させていただいた鉢植えに、それぞれ道路と端っこや空き地で拾ってこられた雑草を植樹したものである。赤土の素焼きで製作された植木鉢の特質した点は、鉢の上部分の淵からそれぞれ、様々な形の造形物がついているところだ。

ラグマットでは都市を私の心理地図を利用することで可視化したことに対して、こちらでは造形物と植物の関係性によって都市の様を立ち上げる試みを行なった。この鉢植え上部から生える造形物は人工物、つまり都市における建築のメタファーとして、それぞれの造形物の穴や隙間から植樹された、雑草が自然のメタファーとして絡み合っている。

 

このシンプルな構造の鉢植えは端的に都市を表しているのではないだろうか。

都市には建築があり、建築が建設される際に様々な単位で必ず境界が生まれる。そうした人間が作り出す境界と、それを囲む他者の関係性、それは例えばどこにでもあるようなフェンスと、植樹された木々や植物がおかまい無しにあらゆる隙間からフェンスが作り出す境界を侵食していくようなそんな関係性のように見ることができる。また圧倒的な他者として、この雑草は植木鉢に招かれ植え替えられ水を与えられるのだが、ここで鉢植え上部から生える造形物によっての植え替えしにくかったり、水を注ぐ時に干渉するといった弊害が発生する。これは展示期間直前の2021年7月3日に熱海で発生した土石流による事故を想起させるような人間が作り出す一つのパラドックスをも可視化させる。

そしてこの鉢植え上部から生える造形物はもう一点、私自身がこれまで継続的に続けてきた様々な都市介入、建築と建築の隙間でのブランコや鳥小屋制作、人の立ち入ることない都市空間においての作品制作や滞在といった方法論と同じように、植木鉢という既存の制度に対しても介入を意識的に行うことによっても成立している。

 

押入れスペースには、前述の鉢植えが2つとzineそれに懐中電灯が配置しており、zineと懐中電灯は鑑賞者が自由に触れることができる。zineには今回私がこの展示を展開していくにあたり行なったリサーチに関するイメージや、日頃から撮りためていた写真を基礎として、そこに私自身が書き起こしたドローイングが上貼りされていくような構造をまた友人に依頼して製作した。このzineは作品鑑賞における解説目録や展示解説的な存在として作家の思考の流れを視覚イメージだけを用いて構成されている。ではなぜzineという形態なのかという点について、それには私が5年ほど前から行なってきた自費出版活動との繋がりは当然であるが、別に重要なことの一つに、上記で述べた作品がどれも作家の作品でありながら、他者の介入が発生しうる展示形式を取られていることとの繋がりは大きい。これは展示空間に敷かれたラグマットにゴロンと横になる、あるいは座り込んで、作品を鑑賞したり読書をしたりといった往来の余地を、このアットホームな空間との共謀によって引きを起こそうという狙いでもあった。

 

初めにも述べた通り、このスペースは細野氏のセルフリノベーションによって構築された空間で、インテリアにも氏の色が浮かぶ、窓からの採光とペンダントライトの明かりが空間を照らしているため時間によって空間の雰囲気はガラリと変わり、植木鉢の植物もその明かりの影響を受け思いの外デリケートに毎時間その状態を変えていく、日が暮れると懐中電灯を鑑賞の手助けとして使用するのもよし。ラグマットを縦横無尽に横断する鑑賞者がいたり、ある鑑賞者は意識的にラグマットと鉢植えを避けて外周を回ったりと、それぞれの関係性が簡単に移り変わる。

 

こうして主に3つの重要な要素がこの特有なスペースと繋がりを持ち、常に揺れ動く展示空間を展開した。特にラグマットはたくさんの不可抗力的に存在する他者と呼応するかのようにキャラクターを変異させる。ある時、それは決して踏み入れてはいけないアート作品として、また子供たちが寝そべるマットとして、そして時にはボードゲームに変異していった。

そこには他者とのコミュニケーションや環境との共振によって、いとも容易に権威が何度とも転覆する光景を目の当たりにすることができた。鑑賞者、細野氏、作家、作品の4者が交わる設計によって引き起こされる対話は、あらためて目の前で起こる小さなスケールで物事を捉え直す機会をくれたのではないだろうか。